多様な背景とは?
ACTを学ぶ上で、様々な文化的文脈における適応(Cultural Adaptation)は重要なテーマとなります。なぜなら、ACTは「文脈にセンシティブな認知行動療法」であり、文化は人間の行動に最も大きな影響を与える文脈の一つだからです。
ACTを異なる文化やコミュニティーで用いる際には、機能分析に基づいて、その文化やコミュニティがクライエントの問題にどのように影響しているかを分析し、アプローチを工夫する必要があります(Masuda, 2014)。
ここでいう「文化的文脈」とは、単に異なる国での実践という意味に留まりません。
例えば:
- 英国に住むトルコ語話者コミュニティ
- 米国の大学に通う留学生グループ
こうした有色人種、移民、難民、性的少数派など、多様なマイノリティーのコミュニティが持つ固有の課題にACTを適合させていくことも含まれ、研究が進んでいます。
セラピストに求められる「偏見へのアクセプタンス」
機能的で文脈的な観点からは、異なる文化やマイノリティーに対するバイアス(偏見)は、私たちが持つ「言語」によって形成されると考えられています。このため、言語を持つすべての人に、バイアスや偏見を抱える可能性があります。
ACTのセラピストには、自身の持つ偏見やバイアスに対してオープンになり、それをそのままに受け入れる能力(アクセプタンス)が特に重要です。自身の偏見を認識し、それと付き合いながらセラピーを進めるコンピテンシーが求められます。
ACTのエビデンスと、文化的な偏り
現在、ACTは1,000を超えるRCT(ランダム化比較試験)によって効果が実証され、「エビデンスに基づく心理療法」として認識されています。
しかし、その研究の多くは、WEIRD(西洋の、近代化された、民主的で、裕福な)な国で実施されており、LMICs(低-中程度の収入の国)での研究はまだ十分ではありません。また、人種的、民族的マイノリティーを対象とした研究も多くはありません。例えば、アメリカで行われた75件のACT RCTでは、参加者10,914人のうち約73%が白人であり、対象者には大きな人種的偏りがあります(Misra et al., 2023)。このことから、ACTのエビデンスは「世界の多様な人々」に対してはまだ十分確立されていない、という指摘もあります(Sahdra et al., 2024)。より多様な文化圏での研究が今後さらに必要とされています。
日本でのACT実践における文化適応の課題
最近では、アメリカやヨーロッパ以外の国でのACT実践に関する報告が増加しています。イラン、南米、アフリカ、アジアなどでの臨床研究が報告されており、そのほとんどがACTの有用性(例えば、心理的柔軟性やQOLの向上、不安や抑うつの低減など)を示しています。ACBS(Association for Contextual Behavioral Science)のウェブサイトにはそれらの研究のリストがあります。
しかし、これらの研究には、どのようにACTを文化的に適応させたかの詳細な記載が少なく、研究の質も低いという課題が指摘されています(Fowler, Viskovich, Buckley, & Dean, 2022)。
日本でACTを実施することも、文化的適応の一形態です。しかし、日本のACT実践研究でも、文化的適応の手法を明確に記載しているものは多くありません。
例えば、脱フュージョンのエクササイズとして有名な「ミルク、ミルク、ミルク」という言葉の反復が、特定のクライエントにとって機能するかどうかは、文化的な背景や個人的な文脈によって異なります。
定型的なエクササイズやメタファーを機能分析に基づかずに用いることは、臨床上、大きなリスクを伴う可能性があります。
まとめ
文化は、国ごとの違いだけでなく、日本の中でも地域や世代、コミュニティごとに異なります。それらはクライエントの行動や価値観、症状の表れ方に影響します。
ACTの効果を最大限に引き出すためには、こうした文化的文脈を丁寧に分析し、それに沿った適応を行うことが不可欠です。北海道と沖縄、都市部と農村部、若者文化と高齢者文化―同じ日本でも背景や価値観は多様です。
日本を含む多様な文化圏での質の高い研究が求められる一方、臨床家の日常実践でもできることがあります。ケースフォーミュレーションに「文化」という視点を加え、定型的なエクササイズを使う前に、そのクライエントにとって機能するかどうかを確かめる。その小さな工夫が、文化に根ざしたACT実践の出発点となります。
参考文献
Fowler, J. A., Viskovich, S., Buckley, L., & Dean, J. A. (2022). A call for ACTion: A systematic review of empirical evidence for the use of Acceptance and Commitment Therapy (ACT) with LGBTQI+ individuals. Journal of Contextual Behavioral Science, 25, 78-89. doi:https://doi.org/10.1016/j.jcbs.2022.06.007
Masuda, A. (2014). Mindfulness and acceptance in multicultural competency: A contextual approach to sociocultural diversity in theory and practice: New Harbinger Publications.
Misra, A., Bryan, A., S. Faber, N., Printz Pereira, D., Faber, S., T. Williams, M., & D. Skinta, M. (2023). A systematic review of inclusion of minoritized populations in randomized controlled trials of acceptance and commitment therapy. Journal of Contextual Behavioral Science, 29, 122-130. doi:https://doi.org/10.1016/j.jcbs.2023.05.008
Sahdra, B. K., King, G., Payne, J. S., Ruiz, F. J., Kolahdouzan, S. A., Ciarrochi, J., & Hayes, S. C. (2024). Why Research from Lower-and Middle-Income Countries Matters to Evidence-Based Intervention: A State of Science Review of ACT Research as an Example. Behavior therapy. doi:https://doi.org/10.1016/j.beth.2024.06.003

