この記事は、ACTとRFTのギャップを埋める理論としてHDMLを紹介する前編です。
実践編(後編)はこちら▶︎「左側が右側を植民地化する?─マトリックスを読み直す3つの臨床戦略」
ACTは、対人援助サービスにおいて強力なアプローチですが、その理論的背景にあるRFTとの間には、しばしば大きな溝が存在します。ACTの実践家がRFTの専門用語に戸惑い、またRFTの研究者が臨床現場の言葉に違和感を覚える—この分断が、理論と実践の進化を妨げているのかもしれません。
このギャップをどう埋めるか?
この記事では、ベンジャミン先生のワークショップで得られた学びをもとに、RFTの理論的発展を実践につなげるための視点をご紹介します。
なぜRFTとACTの橋渡しが必要か?
先日、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)やACTマトリックスの実践者を対象とした、ベンジャミン先生の3週連続ワークショップが開催されました。その内容は、ACTの根幹にあるRFT(関係フレーム理論)を、臨床実践の中でより具体的に活用するための、極めて高度なものでした。
ACTを学んでいる方の多くは、RFTとACTの間に大きな距離を感じているかもしれません。例えば、RFTの専門家から「階層的フレームを通した機能の転換」という説明を聞いても、臨床家としては「?」と感じるでしょう。逆に、臨床家が使う「概念化された自己」という言葉は、RFTの基礎研究者にとっては馴染みの薄いものです。
こうした理論と実践のギャップを埋めようと、RFTを臨床に直接応用する試みが進んでいます。Yvonne Barnes-Holmes先生やNicholos Torneke先生といった研究者たちが、RFT-basedやClinical RFTと呼ばれるアプローチを提唱し、理論と実践の橋渡しを試みています。
筆者自身も、昨年半年間にわたりMatthieu Villatte(通称Mat)によるClinical RFTのワークショップに参加し、非常に刺激を受けました(※この内容は別記事で紹介予定です)。
今回のワークショップも、そうした流れを汲んだものです。

関係反応の複雑性に向き合う枠組み
関係フレーム理論とACTの距離を縮め、理論と実践をより密接につなごうとする試みは、理論的モデルの領域でも着実に進んできました。
その基礎となったのが、MDML(Multi-Dimensional Multi-Level)フレームワークです。このモデルでは、日常生活の中で生じる出来事や行動は、複雑に絡み合った関係反応として捉えられます。人間の「関係反応(Relational Responding)」を、5つのレベルの関係的発展(relational development)とAARRing(恣意的に適用可能な関係反応)の4つの次元(dimensions)から構成されるものとして理論化したのが、MDMLです。網目状に交錯する行動のダイナミクスを理解しようとする上で、臨床における重要な土台となるモデルです。
そして、このMDMLフレームワークを発展させ、基礎研究と応用研究をさらに密接につなぐモデルとして提案されたのが、HDML(Hyper-Dimensional Multi-Level)フレームワークです。「Hyper」という言葉が示すように、MDMLの多次元・多層的な視点に「機能の転換」という概念を統合することで、よりダイナミックなRFTの分析を可能にしています。
行動を立体的に見る視点:HDMLの視点
このような多次元・多層的な分析の必要性を、より具体的にイメージするために、身近な行動を例に考えてみましょう。
例えば、「タバコを吸う」という行動。
この行動は、目の前にタバコがあるという外的な刺激だけでなく、胸のあたりのモヤモヤとした不快感や、のどの締めつけられるような感覚といった内的体験、さらには「吸いたいな」という思考とも関係しています。そして実際に吸うことで、そうした不快感や思考が一時的に和らぐ—このようなプロセスが働いているかもしれません。
ここでは、感覚・思考・環境といった異なる次元が絡み合いながら、行動が形成・維持されています。
さらに、過去の学習歴も影響します。たとえば、家族が日常的にタバコを吸っている環境で育ったという「文化的・関係的な歴史」は、その人の喫煙行動に深く関わっているでしょう。あるいは、ニコチンが減少してきたという生物学的要因や、喫煙が受け入れられている社会的集団に所属しているという文脈も、行動に影響を与えます。
このように、「タバコを吸う」という一つの行動であっても、身体感覚、思考、環境、社会的文脈、過去の経験といった、複数の要因が重なり合って影響を与えています。
こうした意味で、行動は非常に“多面的”で、“多層的”に捉える必要があります。
HDMLフレームワークでは、こうした複雑な影響を、単なる要因の積み重ねとしてではなく、関係反応の発達的な階層(レベル)と、AARRingにおける多様な機能的側面(次元)の両面から捉えることで、行動の複雑さをより構造的かつ機能的に理解することを目指しています。
こうした視点を持つことで、行動の背景にある文脈をより丁寧に捉え、臨床的な介入の精度を高めていくことが可能になります。

