この記事は、前回ご紹介したHDMLフレームワークの続編です。
理論背景については前編をご覧ください▶︎「理論とACTの距離を縮める試み:HDMLという新しい視点」(前編)


前編では、ベンジャミン先生による連続ワークショップをもとに、関係フレーム理論(RFT)とACTのあいだにあるギャップを埋める理論的視点—HDML(Hyper-Dimensional Multi-Level)フレームワークをご紹介しました。

後編では、そのHDMLをどう臨床実践に落とし込むのか、特にACTマトリックスを使ってどのように応用していくのかを整理します。

HDMLとは?ー構造と機能の両面から

HDMLは、関係反応を多次元・多層的に捉えるMDMLフレームワークを基盤としながら、刺激の機能的な特性(Relating, Orienting, Evoking:ROE)を新たに統合した、よりダイナミックな理論モデルです。

  • Relating(関係づける)
  • Orienting(注意を向けさせる)
  • Evoking(反応を喚起する)

このROEの視点を取り入れることで、HDMLは、関係反応に関与する刺激が、どのように注意を引き、関係を生じさせ、反応を引き起こしているのか—つまり、刺激がどう機能しているかをより具体的に捉えることが可能になりました。

HDMLを臨床でどう使う?—3つの戦略への翻訳

今回のワークショップでは、HDMLを臨床で活かすための実践的な翻訳装置として、RFTに基づいた3つの戦略(ストラテジー)が提示されました。

これらの戦略は、Yvonne Barnes-Holmesらによる、RFTの臨床応用を探る取り組み(いわゆる「臨床的RFT」—Clinical RFTの視点)において、クライエントの関係反応に柔軟性をもたらすための実践的な指針として提案されてきたものです。ベンジャミン先生も「これまでで最も魅了された考え方のひとつ」と語っていました。

今回のワークショップでは、特に「自己」や「自己と他者との関係」にまつわるネットワークに対して、これらの戦略をどのようにACTマトリックスの枠組みで展開するかが探求されました。

提示された3つの戦略は、以下の通りです。

  1. 体験に敏感になり、それを記述する
  2. 体験をトラックする(体験に気づき、それに関与する先行刺激、反応、短期的・長期的結果を記述する)
  3. 抽象的で、文脈の中で滋養的に機能しうる価値を探索し、それと具体的な行動を結びつける

ACTマトリックスでの展開方法

この3つの戦略は、ACTマトリックスの構造に次のように重ねて使われます:

  • 左側に取り組む(回避的な反応や内的体験に気づく)
  • 真ん中に取り組む(体験をトラックし、現在地を言語化する)
  • 右側を自由化する(滋養的な価値を具体的な行動につなげる)

ここでのポイントは、マトリックスをただ描くだけで終わらせないということ。HDMLやROEの視点を持つことで、クライエントが置かれている関係ネットワークの構造と機能に目を向けながら、マトリックスを深く使っていくのです。

価値が支配されるとき:植民地化とその解放

セッションで最も印象的だったのは、ベンジャミン先生のこの言葉:

「左側が右側を植民地化してしまうことがある」

どういうことでしょうか?

たとえば、

  • 「安心することが大切」 → 実は「不安を避ける」ための価値
  • 「正直でいたい」 → 実は「非難されるのが怖い」から

……のように、表面上は価値のように見えるものが、実は回避行動のネットワークに支配されているという状態が起きます。

この現象を、Matthieu Villatteは『Mastering the Clinical Conversation』の中で、「非柔軟な一貫性(inflexible coherence)」と呼んでいます。

こうしたケースでは、どんなメタファーやエクササイズを使っても、本当の意味で“向かう行動”は起きてこないのです。

では、この「植民地化された価値」にどう対処すればいいのか?

ここで再び、3つの戦略が登場します:

  1. 体験に敏感になる
     → 回避ネットワークに巻き込まれている(植民地化されている)ことにまず気づく
  2. トラックする
     → それ(植民地化されていること)がもたらす短期的・長期的な影響を明らかにする
  3. 価値をオーグメンティング(増強)する
     → 右側の滋養的な特性を目立たせ、行動につなげ、体験を振り返る

このプロセスをACTマトリックスで展開することで、クライエントの中にある出来事や意味づけのつながり(関係ネットワーク)を、新しい機能を持つつながりへと組み替えることができます。

まとめ:関係ネットワークを組み替える場へ

今回のワークショップで特に印象的だったのは、ACTマトリックスが単なる「行動の地図」ではなく、回避や制御のネットワークに取り込まれた価値を解放し、行動の自由を取り戻すための構造化された対話の場として機能しうることでした。

HDMLという理論的枠組みは、マトリックスの見取り図に“関係ネットワーク”という奥行きを加え、「左側と右側のつながりをどう組み替えるか?」という臨床的問いに、新たな視点を与えてくれます。

理論は現場に降り立つとき、新しい意味を帯びます。
HDMLのような枠組みはその一例ですが、名前や細部をすぐに覚える必要はありません。
大切なのは、ACTの背後にある基礎理論の視点――私たちが日々扱っている「出来事同士の結びつき方」や「その働き」を理解しようとする視点に、少し 注意を向けてみることです。
それだけで、クライエントとのやり取りや介入の景色が、今までと違って見えてくるかもしれません。