ACTの勉強を続けることには終わりがありません。職人さんが技術を向上していくことと同じです。価値に基づく行動をすることにも、終わりがありません。考えや感情と距離を置き、今この瞬間に接触をすることの体験にも終わりがありません。ここまでできたら完了という時点がないのです。というのも、私たちの体験が常に変化しているからです。

機能的文脈主義のセラピスト(ACTやFAP、DBT)が結局のところ、取り組んでいるのは、私的な体験と距離を置き、価値に沿った行動を選択するという心理的に柔軟に行動するモデルを、クライエントに示すことなのです。セラピストは、自身の体験を土台にして、モデルを示します。セラピストが、自分自身の私的事象に敏感に気づき、その影響を分析することは、セラピストとしての基本になります。

状況が変わると新たなフックが現れてきます。転職、転勤、離婚、災害など、状況が変わることで、これまで直面してこなかったフックが現れ、考えや感情に囚われ、価値に基づく選択が困難になることがあるでしょう。

あなたがフックされやすい出来事(囚われやすい私的事象)にはどんな出来事がありますか? あなたが囚われているルール(これまで学習してきた)には、どんなルールがありますか? あなたが囚われているルールには、文化的なものがあると思いますか? あるとすればどんなものでしょう。

もし死んでしまって、家族や社会と一切の関係を持てなくなるとしたら、それはどのような体験なのでしょう。それは、あなたの大切なものと何か関連しているのでしょうか。

激しい怒りや突然の災難などの困難な状況の中で、考えや感情を観察し、それらに対して反応することの影響を検討し、価値に基づく行動を選択することは、たやすくはありません。個人的な訓練だけではなく、仲間と共に一緒に、継続して練習していくことが大切でしょう。

老いもまた、誰にでもやってくる状況の変化です。これまでのようには体が動かなくなり、記憶力も集中力も乏しくなってきます。病気の回復は遅くなり、病気をしやすくなります。衰えた能力に気づき、それがフックとなって、フュージョンを起こすことがあるでしょう。こんなはずではなかった、もっと動けるはず、衰えていくことの恐怖、それらを単なる考えや当たり前の感情としてアクセプトすることができるでしょうか。そういう、新たな旅が年齢と共に始まるのです。

クライアントさんがそうであるように、自分自身がフックされていることに気づくことは、容易ではありません。セラピストとしての我々自身が気付かないフックを持っているかもしれません。ロビン・ウォルサーのThe Heart of ACTの本には,、多くのリフレクティブ・プラクティスが紹介されています。その1つに、「あなたがセッションの中で感情的に反応してしまう時はどんな時でしょう」というプラクティスがあります。それをやってみた時に、私自身がこれまで気づいていなかったフックの存在に気づきました。また新たなACTの挑戦が始まります。